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ASJ Works Close-up

城下町の風景に溶け込んだ新しい生活の拠点となる平屋の家

大分県杵築市

杵築の家

設計 柳瀬真澄建築設計工房
施工 ASJ大分中央スタジオ

武家屋敷と坂道が続く「酢屋の坂」は杵築市を象徴する光景。古いながらも手入れがなされた町並みから、市民に大切に守られていることがわかる。

①控えめながらも凛とした佇まいが印象的な外観。軒を低くとることで周囲と調和している。

 大分県杵築市は「九州の小京都」と呼ばれる古い城下町。ゆるやかな坂道と築百年を超える武家屋敷や石垣が、風情ある町並みを創り出している。当然ながら建築物などの景観には厳しい規制がある。
 その武家屋敷の町並みの中に、周囲と溶け込むようにあるのがY邸だ。軒の低い平屋の建物、周辺の色彩と調和する屋根や外壁の色合い、加えて通りに面した古い石垣と漆喰塀をそのまま残すことで、ほとんど違和感なく存在している。設計したのは福岡市に拠点を置く建築家・柳瀬真澄さんだ。

②ダイニングと一体になった広々としたリビングからは、推定樹齢100年以上の庭の梅の木が眺められる。

 建主であるYさん夫妻は、もともと神戸に在住していた。全国各地を旅する中で地方への移住を考え始め、最終的に候補となったのが杵築市だ。「落ち着いた城下町の雰囲気に加え、瀬戸内に面した温暖な気候風土が気に入りました」とYさん。現在の土地も出合った瞬間に購入を決めたとのこと。建物はすでになく、庭は荒れ放題だった。
 建築をどうするか考えていたとき、たまたまASJのサイトで九州の登録建築家をひと通り見たという。その中でひときわ印象に残ったのが柳瀬さんの作品だった。「凛としていて静謐な建物。北欧のテイストと和の雰囲気がうまく調和しているというか、私の好みと非常に合うと感じました」とYさん。
 けれども「建築家は高嶺の花」と考えていたYさんには不安もあったため、柳瀬さんが参加するイベントに足を運んでみることに。実際に会ってみた柳瀬さんは「最初からとても親しみやすく、設計も頼みやすかったですね」。こうして建築家との家づくりがスタートした。
 設計にあたってYさんから出された注文は「広いリビングがほしい」「平屋がいい」といったざっくりしたもの。移住後はパン屋を営むことを決めていたため、店舗の基本的なレイアウトは提出したが、それ以外はほぼお任せだった。任された柳瀬さんも「考えたことをそのまま出せばいいので、プランはすんなり進みました」と語る。建築家と建主の相性がいいからこその信頼関係といえるだろう。
 柳瀬さんが心がけたのは歴史的なものを大切にすること。「百年以上経ったものを新たにつくることはできません。そこを最大限に尊重しつつ、新しいイメージをどう取り入れるかに腐心しました」。例えば駐車場は以前の石垣を一度取り壊し、その後に違和感がないよう新たに石垣を組みなおしている。また庭の梅の木や井戸を残し、それらを活かした平面配置となっている。
 実はYさん、平面図を見た段階では「思った以上にシンプルだな」と感じたそうだ。けれども実際に空間が出来上がってみると「細かなところにも気配りがあり、生活していると毎日発見がある。さすが建築家の建物だと感じます」と語る。
 ご主人のお気に入りはリビング。木の天井と漆喰の壁のリビングは音響が良く、オーディオが趣味のご主人にとっては最高の場所だ。また奥様のお気に入りはリビングの窓辺に設えられたベンチ。ここから庭の梅の木を眺めることができる。「疲れたときはゴロゴロできるし、家の中にいながら季節を感じられる贅沢な場所です」と奥様。
「この家に帰ってくると本当に素敵な家だな、これが私の家なのだと感動します。毎日が新鮮な気持ちです」と語る奥様。理想の住まいを手に入れて、Yさん夫妻は新たな生活を存分に楽しんでいる。

(取材/湯浅玲子)
③ご主人の趣味はオーディオ。自然素材の天井や壁が最良の音響材に。
④奥様お気に入りのリビングのベンチは外を眺めながらゆっくりできる。
⑤和紙を二重に張った「太鼓張り」が柔らかい光を生み出す和室。
⑥周囲の景観に配慮し、店舗前の駐車場は古い石垣をそのまま再利用して組み直した。
⑦移住後に始めたパン屋は週4日の営業ながら開店30分で売り切れることも。近くの小学生やファミリー層に人気で、地域の新しいコミュニティが生まれつつある。
⑧あちこちに設けられた目隠しのための格子が、シンプルな空間に視覚的な変化を生んでいる。
⑨玄関前の石段を上ると、古い漆喰塀の向こうに以前からあった梅の木が出迎えてくれる。

■杵築の家

所在地

大分県杵築市

主要用途

住宅+店舗(パン屋)

家族構成

夫婦+伯母

設計

柳瀬真澄建築設計工房

施工

ASJ大分中央スタジオ

構造・構法・規模

木造在来工法
地上1階  
軒高 3,250mm  最高の高さ 5,190mm
敷地面積 792.87㎡
建築面積 186.09㎡(建蔽率23.48% 許容60%)
延床面積 168.06㎡(容積率21.20% 許容130%)

主な外部仕上げ

屋根 いぶし銀鼠一文字瓦葺き
外壁 マヂックコートHM 左官工法
開口部 アルミサッシ 木製建具
外構 アプローチ:石貼り
   犬走り:モルタル砂利タタキ
   外廻り・庭:砂利敷き

主な内部仕上げ

リビング、ダイニング、キッチン
 床 ナラ無垢フローリング t=15mm ワトコオイル塗装
 壁 漆喰塗り
 天井 ラワン合板 目透し貼り バトン塗装
店舗売り場
 床 アフゼリア無垢フローリング t=15mm ワトコオイル塗装
 壁 漆喰塗り
 天井 漆喰塗り
店舗厨房
 床 ビニルシート貼り
 壁 珪カル板下地 AEP塗装
 天井 クロス貼り
寝室
 床 ナラ無垢フローリング t=15mm ワトコオイル塗装
 壁・天井 クロス貼り
和室
 床 畳敷き
 壁・天井 土佐和紙貼り

工程

設計期間 2014年6月〜2015年5月
工事期間 2015年6月〜2015年12月

撮影

志賀智(表紙 ③④⑤⑥⑦⑧)
石井紀久(①②⑨)

配置図縮尺1/5000
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断面図 縮尺1/200
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1階平面 縮尺1/300
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柳瀬真澄

[福岡市中央区]

1954年福岡県生まれ/1977年福井大学工学部建築学科卒業後、一級建築士事務所環境計画に勤務/1985年柳瀬真澄建築設計工房設立

 大分県杵築市は、国東半島の南端部に位置し、別府湾に面する旧城下町です。敷地は、南台武家屋敷地域にあり、石垣、槇の生垣による往時の面影を残す通りに面し、また「杵築市城下町地区地区計画」により、外観の仕上げ等の修景基準が細かく定められています。旧屋敷は取り壊されて久しく、門があったと思われる階段、瓦葺の漆喰塀を残すのみで、庭は荒れたまま放置されていました。
 クライアントは、新しくこの地に住まうこととなった夫婦、伯母の3人家族。パン屋を営むための店舗、厨房を併設すること、環境に相応しい静かで落ち着いた空間であることを条件としました。
 設計にあたっては、門正面と庭中心付近の梅の木、井戸を残し、それらを生かしたL型の平面形としました。L型の1辺を正面に店舗、玄関、和室を配し、低い軒の平入りとすることで、道路側外観が、武家屋敷地域らしい凛とした佇まいとなるよう注力しました。住まいへは門より既存梅の木を正面に見て、折れ曲がりながら外玄関、入口へと導きます。店舗入口を敷地南端に配して、住宅と店舗が違和感なく繋がり、かつ独立性を保つよう図りました。
 修景基準に基づき、屋根はいぶし銀鼠一文字瓦葺、外壁は周囲と馴染む濃い鼠色の左官仕上げとしました。内部の壁は漆喰塗り、天井はラワン合板をやや濃い色に仕上げています。リビングに設えたベンチからは、100年以上は経つ梅の木を間近に感じることができます。
 既存の階段、塀、瓦は、敢えて補修等手を入れず、経年変化のままの肌理を残し、景観の保存に配慮しました。
 自家製の酵母から作るパンは、開店より午前中にはほぼ完売するとのこと。観光客もまばらであった通りに生まれたささやかな空間は、建主にとっても近隣の住人にとっても、生活の一部としての新たな風景になりつつあるようです。

この記事は、ASJの会員向け会報誌「A-Style Monthly」に掲載されたものです。

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