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建築家のお話

三線は沖縄の風土に育まれた庶民の宝島に伝わる歌を奏で楽しい宴を共有する

2017年11月30日 :建築家のOff Time


東設計工房 山城東雄さん[72歳]

芸能の島で生まれ自然と感性が磨かれる

取材・撮影/屋比久光史

沖縄の三線は、歌とセットで奏者が弾き語りするのが基本。「歌三線」(うたさんしん)といわれるのもそのためだ。3本の弦を巧みに操りながら、工工四(くんくんし)の音階に乗せて、建築家・山城東雄さんの張りのある歌声が響き渡る。
「建主様の新築祝いでは、必ずマイ三線を携えて、記念に一曲披露します。沖縄本島で祝い歌といえば『かぎやで風』が一般的ですが、私は八重山諸島の小浜島出身なので、八重山民謡の『鷲ぬ鳥節』(ばすぃぬとぅるぃ)を演奏することが多いですね」 
この日お話を伺ったのは、20年ほど前に設計を手がけたという、首里金城町石畳道にある木造赤瓦葺きの「金城村屋」(かなぐすくむらやー)。歴史ある通りを眺めながら、雨端の縁側に座って聞く民謡と三線の音色は、沖縄情緒を強く駆り立ててくれて心地いい。

山城さんが本格的に稽古を始めたのは30代半ばの頃。当初から音の良しあしや微妙な調子の違いを的確に聞き分け、初心者には難しいとされる「ちんだみ(調弦)」も難なくこなし、「故郷の小浜島は伝統芸能が盛んな島。物心ついた時から三線は身近な存在でしたから」と振り返る。教室に通うようになって2年後には師匠の勧めで「琉球古典芸能コンクール」に出場し、見事に新人賞を獲得した。

山城さんの演奏テクニックは天性のもの。生まれ育った家庭では、「父親は趣味で毎晩三線を弾き、母親は琉球舞踊のたしなみがあった」とのこと。

公私の場で芸を積んだ経験が今に生きる

確かな腕前が公然のものとなって以来、公の場で演奏を依頼される機会も多くなった。例えば2002年に開かれたJIA(日本建築家協会)沖縄大会の祝宴で、重要無形文化財「組踊」(くみおどり)の伝統組踊保存会の方々と一緒に登壇していたことは、建築関係者の間ではよく知られた話。また来賓を招いた料亭での宴席で、別室の客からプロの奏者と勘違いされ、「ぜひ私たちの部屋でも」と声を掛けられたのは、つい先日あった笑い話だ。
「一本の三線には、素材にしろ使われ方にしろ、沖縄の歴史・文化が凝縮しているといわれます。仕事との関係でいえば、若い頃から風土を生かした建築を志向してきましたから、三線を長らくたしなんできたことは、設計活動を進める上で何らかの肥やしになっているかもしれません」

楽譜・工工四(くんくんし)と、40年来愛用している山城さんのマイ三線。棹材は銘木として名高い八重山黒木。演奏時には現在では希少な象牙バチ(爪)を使用。

実は最近になって、三線以外にも「肥やし」のバリエーションが広がり、水彩画・合唱・山歩きなどに等しく精を出すようになった。それはそれで喜ばしいことだが、
「本来なら新人賞の次は、さらに上級の賞や師範免許を目指すものなんですが…しばらくは宿題にさせてください」
それでも山城さんが建築家であり続ける限り、今日もどこかの新築の家から「鷲ぬ鳥節」が聞こえてくる。

水彩画も趣味の一つ。最近では国指定重要文化財の中村家住宅を描いた「中城(なかぐすく)の光」が、「沖縄ねんりんピックかりゆし美術展」で奨励賞を受賞。

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